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鏡ー真実を見たいのか、夢を見たいのか

 いつも不思議に思うことがあった。街角の鏡に映る自分の姿はとてもひどい。エレベーターや試着室の鏡は、距離が近い分、ぎょっとするほどの迫力があり、それが真実の自分の姿だとすれば、残念でならない。
 けれども、自宅の鏡で自分を映せば、それなりに整って、納得できる容姿だと思える。
 この違いは何か?外出先では、動くことで、整えた身だしなみが崩れたせいでひどい状態になるのか?それにしても、その差は大きすぎる。
 この話を夫君にしたら、「我が家の鏡は<ウツク〇〇〇>というのだよ。何か、美しく見せるyための仕掛けがあるかもしれないね。縦横比とか」と平然と答えた。きつい一言ではあったが、なぜか、すとんと心に落ちた。テレビ画面の人たちが、どんなにUPしても、滑らかな肌に映る。まさに、美しく映る仕掛けがあるのだろう。
 
 ところで、そのような仕掛けの鏡に映る自分の姿は、本当の姿だといえるだろうか?そもそも、私は、鏡に何を求めているのだろうか? こう考えると、「他人が見る、自分自身の姿を、自分で見たい」ということに行きつく。
 それでも、エレベーターの中で見せられる自分の顔を毎朝見たいとは思わない。最良の照明・角度、微妙な縦横比?などで映る納得できる自分の方が気持ちよい。
 このような心理をつきつめると、人は真実を見たいのか、夢を見たいのか というところに行きつく。
 最近のたいていの歌は、「夢」を歌っている。
「みんなで一緒にがんばろう!君は一人じゃない。ありがとう。すべてに感謝・・・・」
実は、大人になると、一人で考え、解決しなければならないことが山とある。
「みんな一緒だよ、みんなそれぞれ頑張ってるよ」とうたっても、実は、それぞれ違うのだ。
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