Entries

「勇気を与える」という表現

 スポーツ選手が、「僕のプレーで、皆さんに勇気を与えたい」という表現を、普通にするようになった。いつごろからだろう?私が最初に記憶するのは、なでしこの澤選手だ。その時「おや?」と思ったのを覚えている。
 親が子どもに「菓子を与える」。先生が生徒に「罰を与える」あるいは「褒美を与える」。子供は親に何かを与えたりはしない。生徒は先生に、旅行の土産を「与え」たりはしない。「与える」とは、目上の者が目下のものに対する行為である。同等かそれ以上なら「あげる」「差し上げる」である。
 しかし、そもそも、「勇気」とは与えられるものだろうか?勇気とは、人の内側から湧きあがってくるものだ。
 仮に、何かの試合を見て、頑張ろうという気持ちが湧いたとしても、それは「与えられた」ものではない。スポーツ選手のプレーは、頑張ろうという気持ちがわきあがる「きっかけ」だ。
 スポーツ選手の思い違いなのか、傲慢なのか・・・あるいは、言葉の変化が起こっているのか、考えさせられる事例である。
スポンサーサイト
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://kisousya.blog63.fc2.com/tb.php/572-b52d614b

トラックバック

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

Appendix

プロフィール

マド

Author:マド
希窓社 代表
希窓社の本

庄野薫

お金をかけずに子どもを勉強させる法

進学校での勉強法‐落ちこぼれる前に読む本‐

藤野光樹詩集
魔法のないファンタジー
6月1日発売。
A5判、104ページ、

(希窓社第1冊目『サイカイ武田泰淳ー作品論と資料で読む』
 好評発売中)

月別アーカイブ

FC2カウンター

検索フォーム