Entries

2014年5月2日―物が記憶を補強する―処分に迷う<物>たち。

 86歳の父が部屋を片付けたいと言う。
 父の工作部屋は、壁いっぱいの道具と天井から吊り下げられた衣類で動きが取れなくなっている。現在寝起きしている別の8畳の座敷も、壁いっぱいに棚が置かれ、中央は、大きなベッドで占められている。物がいっぱいで動きが取れなくなって、さすがに何とかしたいと思ったのだろう。
 父は、数十年前、自分用に18畳ほどの工作部屋を増築し、様々なものを作り、時には人を招き入れて楽しんでいた。、
しかし、そのうち8畳の座敷に寝起きするようになった。それでも当初は、座敷は座敷として機能し、きれいに片付けられていたのだが。
 詰め込まれた空間を片付けることの最初は、処分することである。そう告げると、父は、一切捨てないで整理してくれという。そこで、諦めて、片付ける事は不可能だと告げた。
 父が、外出している間、しみじみと父の部屋を見回してみた。
 すると、周りのガラクタに見えたものが、語りかけてくる。
 父のヨーロッパ旅行の写真が壁に飾ってある。数十年前の若き日の父が、首1つ背の高い外人に肩を組まれて笑っている。また、機械好きの父が集めた、いくつもの電話機が並んでいる。さらに、必要以上に多い布団の数々を見て思い当たることがあった。私たち、子供達家族が来たときに、いつもふかふかの布団を用意してくれていた。そして、ふと、もしかしたら、たびたび買い直していたのではなかったかと思い当たったのだ。
 物は、私にまでいろいろなことを思い出させ、気づかさせてくれる。
持ち主の父は、それ以上だろう。
そして、記憶力、思考力のかなりの衰えを自覚している父は、ものを失うことで失ってしまう、記憶、大切な思い出まで失うことを恐れているのだと思う。それは、私も怖い。
 壊れた時計、もはや旧式で使わないパソコンやオーディオ機器、新しいものにチェンジしたからいいではないかと思わないでもない。
 若い私たちは、新しい時計の後ろ側に、これまで買い換えてきたいくつもの時計を思い浮かべることができる。老人になると多分それが出来ないのだ。
 それは多分、洋服も同じことなのだ。だから、持っている服を、天井から3列につるし18畳の天井を埋め尽くしてしまった。
 しかし、問題は、動きが取れないことである。もちろん、新しいものは入らない。そして、せっかく保存している古いものも活用することができない。
 おそらく、正解は無いのだろう。
 相談しながら、納得してもらいながら、最小限の物を処分していくと言う事しかないのだろうかと思っているところである。
スポンサーサイト
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://kisousya.blog63.fc2.com/tb.php/500-ed76bc37

トラックバック

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

Appendix

プロフィール

マド

Author:マド
希窓社 代表
希窓社の本

庄野薫

お金をかけずに子どもを勉強させる法

進学校での勉強法‐落ちこぼれる前に読む本‐

藤野光樹詩集
魔法のないファンタジー
6月1日発売。
A5判、104ページ、

(希窓社第1冊目『サイカイ武田泰淳ー作品論と資料で読む』
 好評発売中)

月別アーカイブ

FC2カウンター

検索フォーム